本陣痛〜出産までの戦い

本陣痛〜出産レポです。
3日間の前駆陣痛を乗り越え3度目の正直で入院することができたのですが、想像以上の戦いが始まるとはまだこの時知らないのである。
陣痛室へ
午前の診察で子宮口3cm、5分間隔で陣痛が来ていたため入院へ
3日間の前駆陣痛等を踏まえおじいちゃん先生から陣痛促進剤の提案を受け入れることに。
子宮口3cm
ベッドで横になって痛みに耐えていたが、お昼頃になると前駆陣痛で経験した痛み以上の強さになり座って耐えることに。内診で入り口広げてくれるも3〜4cm。
長期戦にはなりたくないのでスクワットとバランスボールを使ったお産が進む動きを助産師さんに教えてもらう。痛みが来たら夫が腰を擦るorツボ押しの繰り返し。
子宮口5cm
夕方頃、痛みが強くなるあまりサポートする夫に「違うそこじゃない!」「もっと奥だよ!」など苦言が増える。後半サポートの力量なのか何をしても痛いためナースコール。助産師さんにサポート代わってもらうも効かず😭痛すぎて自我を忘れひたすら叫ぶ。陣痛促進にたいして体がついていけてないとのこと。内診で入り口広げてやっと5cm、、、
子宮口6cm
一旦促進剤は停止となる。停止して陣痛が進めば出産は早くて今日中だが、落ち着いていればまた促進剤を使って翌午前中とのこと。
この時はただ痛いのではなく、う◯ちが出てしまう、踏ん張ってしまう痛みを感じるようになる。今の時点て踏ん張ってしまうと子宮口が開いてないのに赤ちゃんが出てきてしまい出血してしまうため、踏ん張ってはいけないと言われる。
いきみ逃しのためにテニスボールを使ってもらう。
促進剤停止してからは10分間隔に落ち着く。今日中の出産なら間隔が3分位だったら行けるかもと言われる。これは翌日コースなのか😭午前中まで陣痛に耐えることなんてできない、、、
今日中に産みたいのでスクワットなど動いてもいいか相談するも、動いてもいいが子宮も疲れてしまうので出産まで耐えられるかどうか次第。できるだけ横になって体力を温存したほうがいいと言われる。横になってウトウトして陣痛が来たら耐えるの繰り返し。ひたすら呼吸とテニスボールで、いきみたい気持ちを抑える。
破水〜子宮口9cm
途中破水し内診してもらうも子宮口6cm。今日中は厳しいのかと絶望。
夜になると陣痛の間隔も5分ごとになりテニスボールで耐えようとしても耐えきれない状態になりナースコール。今の状態では子宮口開いてないからと上記と同じことを言われるが、念の為内診してもらうことに。子宮口広げる手伝いをしてもらい9cm!!
時間かかるかもしれないけどと言われたが分娩へ
夫突然の分娩と言われ焦る。
分娩室へ
やっと産める!あとちょっとと思い気合いを入れる。サンシャイン池崎の呼吸法を意識。上手と褒められ更に頑張る。赤ちゃんの頭がすぐそこまで来ている感覚が分かり、陣痛の間隔に合わせていきむのみ。途中会陰切開2箇所される。
数回いきんだのちドュルンと誕生🎂
分娩は時間かかると言われていたけど、あっという間の出産だった。
臨月の前駆陣痛〜入院までの道のり
臨月に入り妊婦検診も1週間に1回になりました。
前駆陣痛やお腹の張りなど身体の変化についてまとめてみました。
36w
お腹にモニターを巻いて子宮収縮と赤ちゃんの心拍を確認していく。
モニター中に胎動を感じたらボタンを押す。
不安定な状態が見られるとのことで、初っ端から2時間ぐらいかかり心配になりましたが、その後は安定しており、赤ちゃんの体重も加味し大丈夫でしょうとのこと。
37w
前回2時間近くかけて見ていたので不安でしたが、NSTは30分程で終了。
エコーでの検診も問題なしとのこと。内診はありませんでした。
38w
NST中に赤ちゃんが寝てしまったようで、ブルブルした機械を赤ちゃんの頭付近に当てられ強制的に起こされる笑 40分程かかった。
内診では指一本分とのこと。噂の内診グリグリはなかったもののめちゃ痛かった。
検診後の夜に便意に似た腹痛に襲われる。翌日の明け方にも不定期的に弱い生理痛が2時間程続いた。これが前駆陣痛だ!と思い陣痛アプリで間隔測ろうとするも途中で痛みが弱まり、寝落ちする。その日以降腹痛はなくなってしまい、このままでは予定日超過するのでは?と思い天気の良い日は散歩することに。
39w
39w入った辺りから生理痛のような強い腹痛はないものの、明らかにお腹の張る頻度が増えたのを実感。茶色のおりものも出てきた。おしるしだ!そわそわしながら翌日検診へ。
NSTは30分程。内診では前回の様な痛みはなかったが、「まだまだだね」と言われる。子宮口どれくらいか聞くも「全然だよ」と言われただけ。いつもの先生ではなくおじいちゃん先生だったからしょうがない、、、指一本分から変わってないのかもしれない。ただ定期的なお腹の張りがあるとのこと。
内診後もおしるしは相変わらず出ており、お腹の痛みも「💩したい」「生理来そう」的な感じの痛みが時々現れては消える。
内診翌日の変化としては茶色ゼリー状のおりものが大量に出たぐらい。引き続き散歩へ。
予定日3日前〜2日前
明け方から前駆陣痛。寝落ちして朝になっても不定期的にお腹の痛みが来ていたため「陣痛きたかも」アプリで計測することに。途中5分間隔になるも痛みは一定且つ段々と間隔が空いてしまいお昼頃にはいつも通りになってしまう。
予定日1日前
昨日まであった前駆陣痛はなくなった、、、
予定日
明け方〜朝まで5分間隔の陣痛が始まり、痛さも前回と比べて強いため午前中に受診。
まだ子宮口2cmとのことで入院ではなく自宅に戻される。受診後も平均10分〜5分間隔で痛みがくるためしんどい。
予定日超過1日目
ずっと定期的な痛みがきて夜も眠れない。痛む度に夫に腰をさすってもらう。しんどすぎて明け方受診するもまだ子宮口2cm😭入院できず、もともと検診予定日だったので、とりあえずまで午前中待つことに。朝には声が漏れそうになるくらいの痛みになるが絶対に入院したいので、スクワットと階段昇降をする。
そして午前の検診へ。3度目の正直で子宮口3cmだが柔らかくなっているので入院へ!
次回本陣痛〜出産まで!
妊娠糖尿病 血糖値下げるためにやったこと
前回妊娠糖尿病と診断されたところまでお話しました。ここからは食後2時間の血糖値が120mg/dL未満を目標にやったことについてのはなしです。
食事について
白いものは茶色ものへ
白米から玄米へ、食パンは全粒粉、ライ麦パンにすることで糖質を抑えるよう指導がありました。
ベジファーストへ
食事の順番を野菜→汁物→おかず→炭水化物
早食いはせず、ゆっくりよく噛んで食べることを意識。
分食
食事の間隔を短くして急激な血糖上昇を抑える。
仕事をしているとどうしても昼から夜にかけての空腹時間が長くなってしまい目標値オーバーしてしまうことがあったので、間食をとることを意識しました。
おすすめおやつ
甘いもの食べたい欲が出てきたとき食べていたもの
甘いもの以外
-
シャトレーゼの糖質86%カットのピザ🍕→これ1枚丸々食べた後、2時間後の血糖値測定したところ100mg/dLを切っていました。
- アーモンドなどのナッツ類
- フィッシュアーモンド
食後の運動
食後は夫と一緒に食後は公園を散歩していました🚶
妊娠後期に入ってからは腰痛が酷くなってしまったので散歩する代わりに自宅でできる血糖値を下げる運動をしていました。
個人的に効果があったのは血糖おじさんのセルフ治療
【100血糖値が下がる食後の運動🔥】
激しい動きのものは控えてできそうなやつだけ選んで運動していました。
座りバージョンの方がいいかもしれないです。
まとめ
同じ食事内容であってもその日によって血糖値が目標値オーバーしてしまうこともあって悩んだときもありました。節制したのに結果がついてこなかったり、甘いもの食べたい欲や仕事などでストレスを感じていたこともあったのですが、ストレスを感じると、アドレナリンやコルチゾールなどのホルモンが分泌され、血糖値が上昇してしまうそうです。
お風呂に入ったりいっぱい睡眠したり、血糖値結果に振り回されず成るように成る精神で過ごすことを意識しました。
私は出産まで食事療法で血糖コントロールすることとなりました。
あとは夫も一緒に玄米、ナッツ類生活(もしかしたら見えない所でお菓子食べていたかも)をしてくれたり散歩に協力してくれたのは気持ち的にもありがたかったです。
妊娠糖尿病になったはなし
こんにちは。これまでは
- つわりのはなし
- 重症妊娠悪阻で入院したはなし
- 妊娠時一過性甲状腺機能亢進症
のはなしをしましたが、今回は妊娠糖尿病になったはなしをしたいと思います。
悪阻退院後、クリニックでの診察で初期の血液検査で血糖値の値が高いため75g経口ブドウ糖負荷試験(OGTT)をしてほしいと伝えられました。
後日検査のために夜9時以降から絶食する必要があったのですが、まだつわりの症状があったためこれがしんどかったですがつわり中の神の飲み物であるほうじ茶でしのぐことにしました。(先生からほうじ茶OKと貰えてました)
検査当日
- 尿検査を行い空腹時の採血。
- ブドウ糖75gを飲む。サイダーに近い味だったので気持ち悪くなることなく飲み干せました。
- 飲み終わり60分後、120分後に採血。
妊娠4ヶ月目でつわりも続いており食事もそこまで食べることができない中で大量の糖分を摂取したので途中強烈な睡魔に襲われていました。
結果は後日問題なければ次の検診で結果報告、基準値に引っかかっれば次の検診前に電話するとのこと。
【基準値】
- 空腹時血糖値が92mg/dL以上
- 1時間後の血糖値が180mg/dL以上
- 2時間後の血糖値が153mg/dL以上
引っかからないでほしいと思っていましたが病院から電話😭2時間後の血糖値が166mg/dL。妊娠糖尿病となり内科の紹介状をもらう。
妊娠糖尿病とは
妊娠中に初めて糖の代謝異常が見つかった場合を、妊娠糖尿病といいます。血糖値を下げるホルモン(インスリン)の働きは、妊娠が進むにつれて弱まるといわれています。もともとインスリンの働きが弱めの方が妊娠なさると、妊娠の後半に血糖値が上昇し、妊娠糖尿病を発症することがあります。妊婦さんの7~9%が妊娠糖尿病と診断されています1)。
一方、もともと糖尿病にかかっている女性が妊娠なさると(糖尿病合併妊娠、妊娠中の明らかな糖尿病)、お母さんや赤ちゃんがより深刻な状態に陥ることがあります。このような方は、血糖値をきちんと管理し、糖尿病による目や腎臓の合併症(網膜症や腎症)を評価したうえで、計画的に妊娠することが大切です。妊娠中も血糖値を適切にコントロールし、無事に健康な赤ちゃんを出産するまで、注意深い管理が必要です。
食後2時間の血糖値が120mg/dL未満を目標とすること、
主に2時間後の血糖値測定を行い記録し1ヶ月に1回通院することとなりました。
血糖測定器や測定用のセンサーなどの費用は保険適用外となったためこれが地味に痛手でした。
悪阻で入院してつわりも落ち着いてやっと好きなものが食べられると思っていた矢先に妊娠糖尿病になってしまうとは、、、
ここまで読んで下さっている方はわかるかと思いますがキラキラマタニティライフとは程遠い生活😭
次回は血糖値を下げるためにやったことのはなしです。
重症妊娠悪阻の原因
妊娠時一過性甲状腺機能亢進症
前回は重症妊娠悪阻と診断され入院からその後までのお話でした。今回この病状の体験談が少なかったため記録として残すことにします。
今回入院中に再度血液検査を行い、そこで妊娠時一過性甲状腺機能亢進症と診断されました。
妊娠時一過性甲状腺機能亢進症とは
妊娠8~13週頃におきる妊娠時一過性甲状腺機能亢進症は、胎盤ホルモンhCGが甲状腺を刺激するのが原因。hCGは、つわりの原因で、かつTSH(甲状腺刺激ホルモン)と構造が似ている。つわりが強ければ妊娠前に甲状腺異常が無くても生じ、血中hCGは5万-7万5千 IU/L以上の高値になる。動悸・不整脈が強くない限りは安静・経過観察でしのぐ。バセドウ抗体TRAb・TSAb陰性でバセドウ病と鑑別要。バセドウ病妊婦は妊娠時一過性甲状腺機能亢進症をおこし易い。糖尿病妊婦は潜在的胎盤機能低下のため妊娠時一過性甲状腺機能亢進症が遷延したり、妊娠後期におきる。双胎妊娠も遷延。
Mirror症候群(ミラー症候群)とも鑑別要。
妊婦の中でも2~3%の人が発症するようです。今回つわりが強く出てしまった原因の1つであると伝えられました。
【悪阻入院時〜3ヶ月までの検査結果】
- 入院時 TSH:0.008
- 再検査 TSH:0.005 FT3:4.50 FT4:1.77
〜フォローアップ検査〜
- 1ヶ月目 TSH:0.005 FT3:4.00 FT4:1.35
- 2ヶ月目 TSH:0.044 FT3:3.02 FT4:0.94
- 3ヶ月目 TSH:1.182 FT3:3.16 FT4:1.29
一過性甲状腺機能亢進症なのかバセドウ病であるのか診断するために月1回の血液検査を行うこととなり、結果妊娠による一過性のものと診断され通院は終了となりました。
体感としては悪阻入院時〜2ヶ月目の検査までは動悸、嘔吐や吐き気の症状がありましたが、3ヶ月の検査時にはつわりの症状もなくなっていました。
他の人はもっと辛いはず!と謎の根性で悪阻に耐えていましたが(YouTubeでつわりに効く音楽とか呼吸法とかも試したけど無意味だった)、入院して妊娠時一過性甲状腺機能亢進症であったことがわかったので、早めに病院に相談するべきだったと少し反省しました。
言われてみればゆっくりゆっくり歩いているのに動悸と息切れがしてしんどいと思う日々だったし、ケトン体の数値は正常なのに何で?と思ってたのですが、甲状腺のホルモンバランスが崩れて悪阻が強く出ることも今回初めて知ることができ、この検査結果を見ても悪阻が酷かった理由に納得することができました。
この話がどなたかの役にたったら嬉しいです。
重症妊娠悪阻で入院🤰 つわり生活その2
つわり生活その1では9wまでの記録でした。 ここから入院から退院その後までのお話です。
10w
梨なら食べれるかもと夫に伝え1個500円したと仰せの梨を食す。 5分後嘔吐。500円が消化することなく便器へ流される悲しみは計り知れなかった、、、500円😭
この頃になると唯一食べられたバナナとカロリーメイトも1日に半分しか食べれなくなる。今までペットボトルに出していたよだれづわりも加速し風呂桶に切り替える。 少しでも胃の不快感を減らすために三ツ矢サイダーと新生姜をつまむがすぐに嘔吐。 相変わらず24時間常に気持ち悪い、睡魔がきて寝落ちできた時がつわりを忘れることができる時間だった。 寝起きで意識が戻ると気持ち悪さ復活。夜中も関係なしに嘔吐が続く。もう吐くものもないので胃液や胆汁が出る。吐くために水分を摂取していた。
入院前日
気持ち悪いのと嘔吐が続き夜中からトイレとベッドの往復を繰り返す。睡魔より吐き気が勝り途中からトイレに篭る。 明け方に手足の痺れを感じる。これはもう無理かも知れないと感じ夫に救急外来に連れてってもらう。
病院で点滴を受けたときこれで助かったと思った。(点滴中も嘔吐が止まらない) 尿検査、血液検査を行うが特に異常なしとのことで帰宅してもいいし入院してもよいと言われたが、嘔吐止まらないため入院を選択。
入院当日〜3日目
1日に点滴4本。絶食の指示はなく食べれる、飲めるものあれば摂取可能。食べることはできなかったためOS1をちびちび飲む。 検尿コップで尿量がどれくらい出ているか退院するまで記録が必要。(検尿マスターになれた)
24時間点滴していても相変わらず嘔吐は止まらず10回以上吐く日々。吐きすぎて血が出てしまった。夜も寝れなかったがパラマウントベッドの角度を調整し何とか持ちこたえた。(ほぼ直角で寝て腰を痛めていた)
嘔吐止まらず絶望するも面会に来た夫曰く、顔色は良くなってると言われる。
4日目〜5日目
点滴3本へ。水分だけは摂取できるので頑張って飲む。大部屋のため悪阻だけで入院されてる人ばかりではないので、食事時の匂いが部屋に充満して耐えるのにしんどかった。ニンニク臭のするメニューが出てきたときは耐えきれず静かに嘔吐。それからは皆さんが食事中の時は大部屋から共有スペースに避難することに。
夜中に嘔吐する回数が5回から2〜3回へ減る。夫もほぼ毎日面会に来てくれてOS1を差し入れしてくれた。(ヤクルトさんならぬOS1さん)
6日目〜7日目
1リットル位経口から水分を取れるようになったため点滴2本へ。水分とれただけで毎回褒めてくれる助産師さん達が天使👼 この辺りから嘔吐する回数も減り、夜中も1回程で済むようになった。カロリーメイトとせんべいを食べてみるが気持ち悪さがでてしまった。エコーで赤ちゃんの様子を診察。クリオネみたいに元気に動く姿を見て感動し頑張ろうと思えた。
8日目〜12日目
点滴1本へ。回復食スタート。嘔吐はほぼなくなる。大部屋がストレスとなり早く退院したいと思うまで復活する。点滴も外れ、食事も完食するまで復活!退院へ。
【主に打った点滴】
ソルデム3AG輸液
ビーフリード輸液
ヴィーンD輸液
退院したその後と変化について
よだれづわりと匂いづわりの消滅。冷蔵庫開けても臭くないことにびっくりした。その代わり眠づわりが酷くなる。 駅まで歩く、お風呂に入る、料理など体力を使うと気持ち悪くなり嘔吐くまたは嘔吐してしまう。退院後2週間程は嘔吐が復活したがMAX時より全然マシなレベルなので耐えることができた。(今まで吐きすぎて感覚がおかしくなってるだけ)
仕事については16w頃からフルリモートで復帰することができました!
【つわり中でもなんとか食べれたもの 総括編】
アイスボックスは職場の先輩ママさんから教えてもらい水筒に移して気持ち悪くなる時につまめるようにしていました。
ほうじ茶🍵は入院中の給茶器にあったので試しに飲んでみたらすっきりして私にとっては神の飲み物でした。アイスよりホット!
次は重症妊娠悪阻になった原因についてのお話です。
妊娠判明🤰 つわり生活その1
流産から7ヶ月後に妊娠が判明したのも束の間、地獄のつわり生活が始まる。
6w
夜中に気持ち悪くなって起きたり、毎夜1回嘔吐からはじまりました。白米が突然食べられなくなり焼きおにぎりや焼き肉バーガーなど味のついたご飯であればまだ食べることができました。この頃から普通の食事ができずに、毎日吐いていたため上司には伝えて仕事はリモートで働くようになりました。
【初期症状から6wまで食べれたもの】
初期は何か口に入れないと気持ち悪くなる感じがしていたので仕事中など常にラムネを食べる。 空腹を感じると気持ち悪いため中華そばなど酸っぱいもので紛らわす。 6wに入り一気に普段食べれたものが食べれなくなった。 仕事中は気が紛れるのか気が張っているのかそこまで気持ち悪さを感じない。
7w〜9w
夜1回に収まらず吐く回数も1日2回から3回に増え朝昼晩夜中と吐いていました。この頃から気持ち悪すぎて時々仕事を早退してしまいました。吐きづわりだけでなく食べづわりと匂いづわりも出現。
8w辺りから犬並みの嗅覚になり、玉ねぎ、焼き魚も臭い、冷蔵庫の匂いも駄目、ローリエの葉っぱの匂いも強く感じました。しまいには寝室で一緒に寝ていた夫の体臭も無理になり、しばらくは別で寝てもらうことに。(普段は臭くないのにあの時臭いと本人に伝えたときの悲しそうな顔が申し訳なかった😭)
9wの検診では体重が1キロちょっと減ってしまい吐き気止め薬の処方と点滴もしていました。クリニックで点滴中に嘔吐してしまった際に助産師さんに「吐き気止めも一緒に点滴してるけど」と言われて絶望。9wがピークだとだろうと思っていたがこんなの序の口だった、、、
【7w〜9wまで食べれたもの】
バナナ・ウィダーinゼリー・ステックパン
豆腐・新生姜・ランチパック・コンビニのレタスサンドウィッチ
焼きおにぎり・赤飯おにぎり・鶏五目おにぎり・味噌汁
10w入ったときには、1日中気持ち悪さがあり薬も効かず食べたり、飲んだりしてもすぐに吐いてしまい。しんどすぎて涙が出ました。 この後入院となることに、、、つわり生活その2へ。
稽留流産について その2
前回は稽留流産と診断されたところまででしたが、ここからは自然排出までの話をします。
家に帰ってから出血も多くなり腹痛も酷くなり、一定の間隔で痛みが続いていました。ひどい生理痛のときに吐いてしまうのですが、このときも同じように吐いてしまいました。
正直血の塊なのか胎嚢なのかよくわからなかったので、それらしきものは一旦保管しておくことにしました。
翌日5センチ位の塊がでて痛みもなくなったのでこれが胎嚢を含んだ内容物なのだとわかりました。
病院からは排出された胎嚢を検査すると事前に言われていたため、ナプキンに内容物を包みジップロックに入れて冷蔵庫保管し、病院へ持って行きました。
内診を行い内容物が残っていないか確認。
子宮を収縮させるためメチルエルゴメトリンマレイン酸塩錠を処方され後日再診へ
先生からは3ヶ月までは避妊するよう伝えられました。経過も問題なかったため通院はこれで終了。
内容物を改めて見た時、色々な感情と現実が押し寄せて涙が止まらなかった。
最初は感情をコントロールできず涙が止まらなかったですが泣きたい時は我慢せず、夫に気持ちを吐き出したりなど時々していました。
流産の確率は15~20%。うち85%は妊娠12週までに起こり、6人中1人は経験すると知り改めて妊娠出産は奇跡だと思います。
センシティブな内容のため言わないだけで実は自分の周りの人も経験しているかもしれない。実際に私の妹も流産を経験していました。
だからこそ今回の体験談を書くきっかけにもなりました。
稽留流産について
今年稽留流産を経験したはなし
センシティブな内容です。
書くか悩みましたが、同じような体験談を読んで自分だけではないんだと思え支えられたので記録として残すことにした。
初めての受診5wで胎嚢確認ができた。
まだ心拍が確認できてないのに初めての妊娠で嬉しくなって浮かれていた。
今思えばマタニティハイだった。
2週間後に受診 まだ心拍確認できず
週数がズレていてまだ心拍確認できていないだけなのか、流産なのか確定できないが、稽留流産の可能性を伝えられる。
現実を受け入れられず病院を出るまで我慢してた涙が溢れ出た。
ここから稽留流産について検索魔になる
色々体験談を読んで
正直マイナスなことしか考えられなくなっていた。
旦那にももう調べないほうがいいと言われたが、自分事になればそれは無理な話だ
まだお腹にいるのだからと自分が諦めては駄目だと思い過ごしていた。
そこから1週間後
朝にもうダメかもとなぜかこの日は思った。
今思えば知らせてくれたのかな、、、
いつも通り出社したが少量の出血があり早退した
病院に電話し受診
前回と比べて赤ちゃんもあまり成長しておらず稽留流産と伝えられる
まずは自然排出を待ち、出てこない場合は手術と伝えられた。
別室に案内され自然排出や今後のことについて説明される。
・排出された内容物はナプキンに包みジップロックで冷蔵庫保管すること
・内容物は病理検査する
・出血が多い場合は病院へ連絡など
産婦人科で泣いたらそういうことだって思われるのが嫌だったので我慢していたのですが、現実に耐えきれず泣いてしまった。
排出されるまではなるべく家で過ごし、仕事もリモートワークのほうがと言われたが
診察後腹痛が酷かったので、とりあえず翌日は仕事を休み様子見することにした。
今回は稽留流産と確定されたところまでのお話しました。
今回経験して改めて妊娠出産は奇跡の連続なのだなと感じます。
次回は稽留流産から自然排出までのお話を書こうと思います。
謎の発熱 伝染性単核球症
謎の発熱 伝染性単核球症だった話

伝染性単核球症とはヘルペスウイルスの一種であるEBウイルスで別名キス病と言われているそうです。
ほとんどの人は幼少期に感染するため抗体ができているが、自分は抗体がなかったため感染してしまったようです。
今までの発熱の病気と比べて、とても辛かったので今回病状を記録することとしました。
おととしの8月初旬のある日
仕事終わり帰宅したときに体がだるく熱を測ったら37℃の微熱があった。
その前日から首が凝っていてリンパが腫れていたように感じていた
2日目
バナナやおかゆなど食べるがあまり食欲なく
真夏なのに長袖長ズボン タオルケット2枚で肌寒く感じるが悪寒はしない
昼間は37℃の微熱が続いていたため
夜早めに寝るが38℃位になり頭痛もありしんどくなったためカロナール服用
深夜汗びっしょりで起きて着替える
3日目
水分とりすぎで下痢をしていた
悪寒はなく半袖半ズボンで過ごせた
朝36.5まで下がるが昼間37℃に上がったためカロナール服用
汗出るが昨日ほどではない Tシャツだけ替える
熱で最初眠れず深夜は38℃頭痛もあった
4日目
下痢は治った
朝37℃微熱が続くため医院受診 PCRは陰性
レントゲンも異常なし
血液検査の結果白血球の値が異常
ウイルス性の可能性のとのことで後日再検査することになった
この日は熱が上がっても37℃後半までだった
5日目
深夜に38.7℃で辛くなり途中ベッドから起きる
頭痛もなく汗そんな出ていなかった
朝も微熱が続くこの日からあまり食欲がなくなりフルーツを食べていた
10:23 36.7
13:00 36.6
16:30 37.7
19:00 37.0
20:00 38.3
夜になると熱が上がるためカロナール服用
6日目
昨日とあまり症状変わらずカロナール服用
9:30 37.5
12:50 36.7
18:40 37.5
21:52 38.5
7日目
さらに食欲不振 症状良くならず病院受診
8:42 37.0
13:15 37.1
16:30 38.3
20:34 37.4
21:30 38.0
8日目
昨日の病院検査結果でPCR陰性と確認される
この頃から咽頭炎もあり辛く固形物は食べられずフルーツとスープになる
8:00 37.0
16:00 36.9
19:30 38.7
21:30 37.1
9日目
溶連菌やインフルエンザなどの検査を行った結果、伝染性単核球症と診断される。
抗生物質などの薬は効かないとのことで解熱剤がだされました。対処療法しかないとのこと、、、
3:00 37.3
9:18 36.4
13:00 37.0
19:40 37.0
22:44 37.6
〜ここからは記憶がなくただ熱の記録となります〜
食欲はなくなり、じゃがりこなら食べれるかも!と伝え、買ってきてもらいましたが一本しか食べられなかったことを記憶しております。
10日目
2:19 37.9
3:00 38.7
9:51 36.2
13:00 37.0
15:50 37.8
17:20 38.7
18:00 38.4
19:40 38.4
20:50 37.3
11日目
9:00 37.4
15:00 37.7
18:00 37.0
12日目
6:00 37.9
7:17 36.7
10:25 37.2
11:30 38.7
12:00 38.3
13:15 37.9
15:10 36.5
13日目
深夜にお腹が空き、この日辺りでじゃがりこ全部食べることがでしました。
1:49 37.6
10:00 36.9
12:00 37.2
16:00 37.0
19:00 38.2
21:53 37.5
14日目
この辺りから38℃まではいかなくなりました!
6:30 36.6
12:00 36.9
15:00 37.2
18:16 37.7
23:10 37.1
15日目
7:10 36.7
12:00 36.8
13:00 36.2
15:00 37.0
19:00 36.8
21:45 37.5
16日目
8:30 36.8
13:00 36.8
15:30 37.0
18:00 37.5
20:00 36.9
23:00 37.0
17日目
9:00 36.2
11:45 37.1
14:00 37.4
15:00 37.0
20:00 36.8
18日目
8:00 36.8
13:00 36.7
17:00 36.4
20:20 36.9
21:30 37.2
19日目
まだ微熱はあるものの快方に向かう
この間は夏の甲子園を観ながら自分は熱と戦っていました。気がついたら24時間テレビが始まっていたことにびっくりしました。
後日診断書書いて貰いやっと仕事に復帰することができました!
会社の皆さんから痩せたと言われ、自分でもわかる位ガリガリになっていました。
こんなにも熱が続く病気をしたことがなかったので、(インフルエンザぐらい)本当に辛かったです。
大人になって感染するとこんなにしんどいとは、、、